日銀が追加の金融緩和策を決定――アベノミクス破綻の自認

 日本銀行は、十月三十一日に、追加の金融緩和策を決定した。マネタリーベース(資金供給量)を年約八〇兆円ずつ増やす、というように、増加ペースをこれまでよりも約一〇兆~二〇兆円拡大する、そのために、日銀による長期国債の保有残高を「年五〇兆円」ずつ増やすとしてきたのを「年八〇兆円」にする、などという策がその中心をなす。黒田総裁が強引に主導してこうした策をとったのは、これまで「異次元緩和」と呼ばれる金融緩和策を実施してきたにもかかわらず、四月の消費税増税以降、消費が減退したままであり、景気の後退がみえはじめてきた日本経済の現状をのりきるためである。だからこれは、アベノミクスそのものが破綻したことの自認であり、その破綻の露呈を少しでも先にのばそうとするものにほかならない。
 この決定をうけて、金融市場は、世界同時株高の様相を呈すると同時に、円相場は約六年十か月ぶりに一ドル=一一二円台に下落した。この決定が、アメリカの金融当局が量的緩和の終了を決めた直後であったこと、そして世界の投資家たちの意表をついたものであったことなどを条件として、きわめて特徴的な動きがしめされたといえる。この動きは、いくら金融緩和策をとったとしても、デフレから脱却する=物価の上昇をうながすという、安倍の目論見を実現することは決してできないことをあらわすものであり、破綻ののりきり形態をなす今日の国家独占資本主義の特質をあらわにしたものなのである。労働者・勤労大衆の賃金を徹底的におさえつけている(安倍が独占資本家に賃上げを要請したとしてもこのことには変わりはない)という状況のもとでは、金融当局がいくら市場に通貨を供給したとしても、――商品体をかねそなえた・あるいはサービスという――諸商品の価格が上昇することはありえず、その通貨は金融市場にながれ、株などのいわゆる金融商品の価格をつりあげるだけなのであり、金融緩和策をとったその国の通貨の為替相場が下落するだけなのである。それ自体、労働貴族どもによって、社会民主主義者によって、またスターリン主義者によってゆがめられた労働運動、この労働運動を徹底的に破壊し、労働組合を企業組織体にあみこんだうえで、そして労働者・勤労大衆をつぎつぎと極貧層に突き落としておいたうえで――その反面において資本家どもや独占体そのものが莫大な金融資産をためこんでおいたうえで――、デフレから脱却するというのは、どだい無理な話なのである。デフレそれ自体が、今日の国家独占資本主義の特質をなすのである。
 このことの歴史的根源をさぐるためには、一九七一年までさかのぼらなければならない。出発点をなす事態は、このときのアメリカ大統領ニクソンによるドルの金兌換の停止(一オンスの金=三五ドルの交換の停止)である。一九三〇年代に金本位制が廃止され管理通貨制に移行していたのであったが、この管理通貨制の国際的形態をなすIMF体制=ブレトンウッズ体制は、ここに崩壊したのである。金とのリンクを最後的に解き放たれたドル、そして各国の通貨は、その後に採用された為替の変動相場制のもとで、――第二次大戦後に実現された技術革新が一巡しそれ以上の革新をなしえないという腐朽性のゆえに――商品市場にながれ、インフレーションのスパイラル化がうみだされた。このことそれ自体を経済的要因とし、中東戦争を軍事的政治的要因とする第一次石油危機、この石油危機を契機として狂乱的な物価上昇がひきおこされた。これを抑えるための総需要抑制政策の実施を条件として、――労資協調主義にもとづく労働運動がなお健在であったことのゆえに――資本主義経済は、不況と物価上昇の同時進行というスタグフレーションにおちいった。いまのべたのは、まだしも相対的に生命力のあった日本の経済がたどった過程の描写であり、西ヨーロッパ諸国やアメリカの経済は、もっと前からスタグフレーションの様相をしめしていたのであった。
 ここに登場したのが、「小さな政府」を標榜するレーガン、サッチャー、中曽根らの権力者どもであった。ケインズ主義を否定し新自由主義を理念とする彼らは、財政スペンディングという意味をももつ社会福祉を大幅に削減するとともに、労働組合に「利益団体」と烙印して労働運動を強権的に破壊した。独占資本家どもは、開発されたマイクロ・エレクトロニクス技術を駆使していわゆるコンピュータ合理化をおしすすめ、そして情報通信技術をもとに市場の動向に即応する生産体制を編成した。
 世界共産主義運動の指導部として各国階級闘争を腐敗と堕落にみちびいてきたことのゆえに、またただただ軍事技術を肥大化させることにたより、マイクロ・エレクトロニクス技術を駆使した資本主義経済との競争に敗北したことのゆえに、そして市場の導入を、自国の経済危機を打開する魔法の杖ででもあるかのように、スターリン主義党=国家官僚が観念したことのゆえに、現代ソ連邦は自己解体をとげ、ソ連圏は崩壊した。「労働者のための社会」を標榜したソ連が崩壊し、労働運動が壊滅した、というこの地平にたって、帝国主義各国の権力者と独占資本家どもは、労働者・勤労大衆による革命を恐れることなく、社会福祉を削減し、賃金を徹底的に切り下げ、労働者たちを極貧層に突き落とした。新自由主義を理念とし、労働者たちに超長時間・超強強度の労働を強い、彼らの賃金を極限的に下げ、そして膨大な極貧層をうみだす、というかたちにおいて、資本の過剰の露呈を回避する形態、これが、スタグフレーションというかたちであらわとなった、国家独占資本主義の破綻、そののりきりの姿なのである。
 不況を打開するために、各国の通貨当局は、アメリカとその他の国々とのあいだで相乗的に――国内の景気の状況や為替相場を考慮する以外には制限のないかたちで――通貨を供給してきたのであり、追加された通貨はもはや商品=労働市場にながれることなく、いわゆる金融商品の市場にむかった、つまり金融市場で投機的に運用されたのである。二〇〇〇年代初頭のアメリカでのITバブルとその破裂の時には、光ファイバーの敷設という技術的=物質的基礎があった。けれども、二〇〇八年のリーマン・ショックの基礎となった、サブプライムローンとその破綻においては、貧困層に売られた住宅のローンが支払われなくなることも、彼らから没収された住宅は他に使い道のないものであることも、わかりきったものであった。
 いま、ロシア、中国、そしてその他の「社会主義」を自称していた国々を自己のもとにあみこんだ資本主義世界経済は、ウクライナをめぐるプーチンのロシアのあがきとこのロシアへの経済制裁のゆえに、その危機をあらわにしている。ギリシャの財政の破綻を契機とする危機にくわえて、ロシアへの制裁のみずからへのはねっかえりに苦しめられているEU諸国の経済に、それは端的にしめされている。
 今回の日銀による追加的な金融緩和策の決定は、このような資本主義世界経済の一翼をなす日本経済、その危機にあえぐ日本の権力者のあがきにほかならない。
 「年金積立金管理運用独立法人」(GPIF)は、同じ三十一日に、運用資産に占める、国債を中心とした「国内債券」の比率を六〇%から三五%に下げ、「国内株式」の比率を一二%から二五%に引き上げることを柱とした新たな運用の目安(ポートフォリオ)を発表した。これは、日銀に、国債をその買い増し分として提供するとともに、株式相場をつりあげることを狙ったものにほかならない。それは、年金積立金をよりいっそう投機的に運用するものなのである。ここにも、日本の権力者のなりふり構わぬ姿勢をみてとることができる。こうした方策をとったとしても、株式に運用された資金は金融市場を駆けまわるだけであり、いずれバブルとして消滅するだけであって、企業の設備投資にまわるわけではない。
 九月の一世帯(二人以上)あたりの消費支出は前年同月比五・六%減となり、消費税率が引き上げられた四月以降、六か月連続のマイナスを記録した。甘利経済再生相は「(家計が)守りに入っている。所得の低い人が消費を絞っている」と指摘した、と報道されているのであるが、所得の低い人のうちでも最下層に属する私などは、消費を絞りに絞っている。
 住宅需要にかんしても、九月の新設住宅着工戸数は一四・三%減というように、七か月連続で減少した。
 九月の全国消費者物価指数(生鮮食品を除く)は三・〇%上昇し、一年四か月連続のプラスであった、とされるのであるが、この数値は消費税増税分をふくむものである。物価のこの上昇のゆえに、八月の実質賃金は、三・一%も減少したのであり、一年二か月連続のマイナスとなったのである。これでは消費支出が増えるはずがない。
 九月の全国有効求人倍率は前月比で〇・〇一ポイント低い一・〇九倍となり、三年四か月ぶりに下落に転じた。人手不足が叫ばれているけれども、それは、あまりにも過酷な労働とあまりにも低い賃金の仕事が嫌がられているだけのことであって、生産そのものが拡大していることを意味するわけではないのである。
 日銀の今回の決定は、こうした危機的状況に、日本の権力者が既有の知識と手持ちの方策でもって対応したものなのである。
                          二〇一四年一一月三日
 

 

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